20250507_向き合えない
- 中川朋樹
- 6月13日
- 読了時間: 3分
更新日:10月12日
ゴールデンウイークは久々に伊勢に帰った。
名古屋から近鉄に乗り換え、伊勢へ向かう途中、数駅前で電車を降りた。
駅のトイレで襟付きのシャツに着替え、
マップアプリを頼りに、先生のお宅まで歩いた。
ー
昨年末に喪中ハガキが届いたものの、この半年間無視を決め込んでいた。
目の届かないよう仕舞い込み、一切考えないようにした。
心のどこかで予感していたはずだけど、受け止められなかった。
後悔と自責の念で、どうにかなりそうだった。
ー
中学時代の国語の先生。
学ぶ楽しさを教えてくれた。
毎日、新聞の社説を切り抜いてノートに貼り、意味がわからない言葉に赤線を引いた。
その言葉を辞書で調べて書き写すという学習を、個人的に見てもらっていた。
とにかく辞書を引く習慣が身についた。
辞書にも赤線を引く。次第に辞書のどこを開いても、
必ず、見開きのどこかに赤線が引いてある状態になった。
それが嬉しかったし、楽しかった。
ー
大学で上京した後も、帰郷の際は連絡して、
ご馳走になって近況を話し合うほど、本当にお世話になった。
ー
先生が、長い教員生活の中で考えたことや感じたことを書き留めた文章があり、
本にしたいと言ったことがある。まだ書けていない部分があるものの、
その制作を一緒に始めたのだ。
読み込んで、一応の校正などを入れ、紙面をメールで確認してもらう。
そんなやりとりが数回あったものの、次第に連絡が途切れるようになった。
忙しいのかな、校正ちょっと細かすぎたかな・・・
先生の年齢を考えればよぎる不安。
一方で常に〆切に追われる仕事。徹夜も多い。ついつい後回しになってまう毎日。
半ば空中分解したように時が流れてしまった。
毎日、心の隅に何かが積もる。
ー
時の流れは残酷なまでに早く、進捗のないまま、気付けばまた1年。
気まずさ。億劫さ。責任感。自己嫌悪。ジレンマ。
積もり積もった感情に蓋をして、向き合えないまま。
向き合わないまま
知らせが届く。
どうするべきだった。もっと出来たはず。いや、強引にでも進めるべきだった。
みぞおちあたりがひんやりする。息が上手く吸えない。
眼球がグラグラする。精神が壊れてしまいそうだ。
ー
「戒名はいらない」と言ったそうだ。
ご自宅のご位牌には生前の本名がそのまま刻まれていた。
お墓もつくらず、骨壷も目の前にあった。
宗教的なことを一切信じない人だったと、奥様。
そういえば一度、敗戦後の天皇陛下の人間宣言に
強烈な裏切りを感じた話を聞いたことがあったが、
そういった経験からの信念なんだろう。
ー
突然の訪問にも関わらず家にあげてくださり、ようやく手を合わせることができた。
音信不通だったこと、すぐに連絡しなかったことを、心から謝罪した。
90年という人生。僕のことは最期まで気にかけてくださっていたという。
どうしても涙が止まらなかった。
悲しさよりも後悔と自責の念に満ちた涙だ。
自分はどこまでも醜悪な人間だと思う。
本当に、
ごめんなさい。


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